やわらかな鎖』 〜師弟
























 木漏れ日にあたる赤みがかった髪が、うっすらと開く視界に映った。
 耳をくすぐるその懐かしくも変わらない声音で、彼を揺り動かす。

「見つけましたよ、師匠」

 寝たふりをしているのに気付いている彼女は、芝生に膝をつくとため息をもらした。
 
「しーしょう?」

 むぅ、と頬を膨らませては呼ぶ。
 その様を見守ってるだけで綻んでしまう。
 しばらくはそんな彼女を感じていようと思った、その矢先「いたー?」と聞きなれた声が聞こえた。誰かと共に彼を捜索していたのか、彼女はそれに返答しようと顔を向ける。

「は―――

 言葉を遮るように彼女ごと身に収めた。「ひゃぁ!」という驚きの声をも潜らせる。
 体勢を突然崩され、しばし硬直した彼女はこそりとした声で「なにするんですか突然」と口先を尖らせた。

「黙って」

 肩口にある彼女の耳朶に掛かるように、押し込めた声で制する。
 刹那、彼女の肩が震えた。 

「どうしたの?震えたね、今」

 にんまりとしたまままた鼓膜を震わす低音を囁く。

「っや、し…しょう///」
「何もしてないでしょ」
「うぅ〜…///」

 しっかりと彼女の背と後頭部を押さえ、その体勢のまま身を潜めている。
 まだ彼女以外には見つかっていない。
 木漏れ日の中で、また鼓膜を通して熱を灯させる。
 仕事の合間の昼寝の終わりに、誰にも見えない見せないそこで。

「明日はまた違う場所で休んでるから、また僕を探しにおいで」
「おいで、じゃないです〜!」
 
 その逆を幾年も重ねた彼は目を細める。
 
「こうでもしないと僕を見ようともしないでしょ…」
「だっ…て」

 今はここにいるのだからと、そう続けようとすると彼はため息を漏らした。

「構ってくれないとまた出かけるよ?」
「ええっ!師匠っ」

 一度出かけるとなかなかいつ帰ってくるのか予想がつかない、ふらりと出発し明日か明後日かひと月先か、それを分かって脅しの材料に掛ける。

「だからキミから僕を掴まえておきなさい」
「…はい」

 しっかりと彼女を捕まえた腕で、彼はなかなか解けないそれをもうしばらくと言って体温を確かめた。



























『空のキミと隣のキミと』〜師弟






















手のひらが頭から頬へと流れる。

「?」

眦の下がった柔和な瞳がじっと彼女を見つめる。

「??」

そして瞳は細められ、口角も自然と引き上げられ、微笑みが零れる。
何もしてない、起こってもいないのにと不思議そうに思った彼女は小首を傾げた。

「師匠?どうしたんですか?」

さらりと前髪が揺れる。
彼は愛おしそうにそれを見やると

「雨が降るとさ、君が泣いてるみたいだなと思ってた頃を思い出すんだ」

視線を遠くの虚空に向け、また目を細める。

「・・・亮くんの頃ですか?」
「うん、君が消えたのが、まるで空に溶けたようだと感じてたんだろうね」

遠い過去を思い出し、まるで他人事のように物語る。

「私、あんな、長雨みたいに泣きませんよ」

雨に例えられた彼女は、先ほどの言葉をふまえ反論にかかった。

「そうだよね、君は我慢するから」

だが反論も空を切り肯定され付け加えられる。
ひと息つき、花は落ち着かせそれもまた否定する。

「そんなに我慢もしません」
「そう?」

視線を唐突に戻され、彼女の肩が揺らぐ。
動揺を隠そうと、口ごもりながらも話を引き伸ばす。

「・・・し、師匠の方が、我慢、強いんじゃないですか」
「分かってるね、さずが僕の弟子」

よしよし、と主に似てきたのか手のひらでまた撫ぜた。

「いつも見てますから」
「でも10年分の僕には敵わないでしょ」

ふふ、と笑みを零すと、その師匠はその鼻をへし折るかのように畳み掛ける。
するとその笑みを死守したまま言葉を続ける。

「追いつきますよ」
「ホントに?」

勢いある言葉をのらりくらり。

「ほんとです!」
「ホントだね?」

確かめるように何度も。

「疑ってますね・・・」
「ははは」

受け取ってくれない言葉をぶら下げたまま、彼女の目は据わり始めた。
それでも彼はにんまりと笑う。

「そんな師匠にはこうです!」

宙ぶらりんの言葉をぶつけるかのように、彼女の手のひらが彼の後頭部に置かれ引かれる。
そして柔らかな唇が彼の頬に押し付けられた。
短い水音の撥ねる音が、熱と共に鼓膜に届いた

「・・・え?」

普段はされないような行動に彼は目を見開き、瞠目し、熱を確認するかのように唇のあてられた箇所に手のひらをあてじんわりとした熱が浸透する。

「信じてくれますか?」

少し熱の帯びた瞳で見上げられ、彼はまるでとりつかれたように「・・・うん」と呟いた。
雨上がりの熱は焦げるようで、肩の触れるような位置の彼女もまたその熱にうなされた。